ガラスの棺 第35話


「皇カグヤ。私が以前尋ねたことを覚えているだろうか。世界を統べる資格とは何かと。あなたは矜持だと答えましたが、今あなたがしているこの行動のどこに矜持があるのですか?」
『お、お黙りなさい!これ以上話すことなどありません!』

カグヤは動揺しながらも攻撃命令を出した。
目的はあくまでもルルーシュの遺体の奪還。悪逆皇帝の偽物を用意し、世界を再び掌握しようとしていると断言し、偽物は生きたまま連行するように命じた。
カグヤはすでに、ゼロであったルルーシュの妻として、彼の御霊を鎮めるために、彼の遺体を日本で祀るのだという最初の目的は忘れていた。ナナリーとの醜い争いを続けた理由も、頭から消えていた。今の彼女にあるのは、ルルーシュが本物なら危険だという思いと、余計なことを話しだす前に終えなければという焦燥だけ。
カグヤ自身は気づいていないが、ルルーシュとユーフェミアを偽物扱いせず、悪逆皇帝と虐殺皇女はブリタニアの、ナナリーの手で秘密裏に蘇生していた事にした方がわかりやすく、より人々の闘争心を煽ることが出来た。仮に偽物だとしても、生け捕りではなく、悪逆皇帝を語る愚か者として討伐すべきだった。
だが、それはできなかった。
敬愛していた者の命を奪うことをためらったのかもしれない
裁かれるべき悪は自分なのだと無意識下で気づいたのかもしれない。
はっきりとわかっていることは一つだけ。
この戦争に勝った者が正義であり、裁く立場となる。
だから、この戦いに勝たねばならない。
世界(わたし)の平和のために。
現実を直視せず、自己保身に走る姿はとても醜く、今の彼女に矜持など無いから、会話すら成立せず通信が途切れた。

「愚かだな・・・君がこんなに愚かだったとは思わなかった」

ルルーシュはモニターを確認しながらポツリと呟いた。
カグヤは幼いながらも聡明で、過ちは確かに犯しはしたが、それでも指導者となる資質を持っていると思っていた。
すっと目を細めたルルーシュは、シュナイゼルに命じて戦況を分析させた。新生アヴァロンの機器は破損しているため、今はC.C.が乗ってきたKMFとアヴァロンを接続し、KMFの機能を最大限使い、どうにかアヴァロンの機能を仮復旧させていた。
あまり長時間使うことは出来ないが、そう長くはかからないだろう。
通信関係はKMFの座席からしか行えなかったため、ルルーシュは今コックピット内におり、隙間に身を滑り込ませたC.C.がルルーシュの隣でモニターを見つめていた。
リヴァルは興味津々という顔で後ろから覗き込み、そんな様子をミレイはこっそりとカメラを回し記録していた。もちろんこれらは外部に流れている。蘇生したばかりのルルーシュはそんな状況だとは知らないし、どうせなら全部バラしてしまおうと考えているシュナイゼル達は知らないふりを決め込んでいた。
戦場のデータがパネルに表示されると、ルルーシュは味方機に通信を入れた。

「紅蓮は団員を連れ左翼へ、トリスタンとモルドレッドは右翼へ移動、ゼロ、行けるな」
『問題ない』

ゼロの蜃気楼は一番攻撃が集中するだろう中央に。このあからさまな罠に乗ってくるか、避けて通るか。どちらにせよゼロ、カレン、ジノ、アーニャ。これだけの戦力があれば相手が誰であれ負けるつもりはない。

「時間をかければそれだけ不利になる、一気に叩くぞ」

迫ってくる敵KMFを見つめながら、ルルーシュは各機に指示を飛ばした。


5年前、悪逆皇帝と対峙した時は対等に戦えていた。
それなのに、今はどうだ。
こちらは次々と撃ち落とされるのに、あちらは1騎も欠けること無く戦場を駆けまわっていた。カレン達エースパイロットならまだ話はわかるが、こちらを裏切った一般兵たちも、こちらよりも高性能なKMFに騎乗しているかのような動きだ。何より腹立たしいのは先程までとは違い、彼らはこちらに死者が出ないような戦い方、コックピットは狙わず、機動力を削ぎ活動停止させるという方法で撃ち落としていた。
手加減されている。
この戦場で。
どうしてこれほど差がでるのだろうか。
ルルーシュがギアスをかけたのではと、扇から通信が入った。
そう考えれば確かに納得もできるが、ルルーシュが生き返ったなら、いまもあの艦橋にいるはずだ。だから艦橋にいる者にギアスを掛けたかもしれないが、それ以外の者はルルーシュと接触をしていない。目を直接見なければならないのに機会がない。
なぜ、どうしてこれほど差が。
いくら考えても答えは出ない。

5年前のダモクレス戦の指揮官がシュナイゼルで、フレイヤという凶悪な兵器を使って初めて対等に戦えていたことをカグヤは忘れていた。

このままでは負ける。
あの新生アヴァロンが落とせないのなら、先に旧アヴァロンを落とし、ユーフェミアを盾にするべきか。あちらには今ジェレミアしか守る機体はない。何かしらの横槍を入れてくる可能性はあるし、何より目障りだと、カグヤは別働隊に指示をだした。
形振りかまってなどいられない。
勝たなければんらないのだ。
当初の目的も、何のためにこの立場にいるのかも、頭に血が上り忘れてしまったカグヤは、ゼロとルルーシュを抑えなければすべてが終わってしまうが、抑えることができればこちらの勝ち、後で理由などどうとでもなると考えはじめていた。
周りが見えなくなり、視界が狭まっていたカグヤは気が付かなかった。
先程からずっと、いやこの戦闘が始まってからずっとカグヤが指揮をとっていた。黒の騎士団の幹部を無視した越権行為を咎める者さえいなかったことに。
本来ならありえないこと。
いくら後ろめたいことのある各国代表でも、これほどの戦闘をカグヤ一人の独断で行い、戦略もろくに知らない小娘が指揮するなど許すはずがないのだ。
日本代表の扇を除いて。
それなのに誰も口出しをせず、カグヤの思うままにさせていた。
対峙するルルーシュやシュナイゼルでさえ気づいた違和感。
それに気づくこと無くカグヤはアヴァロンに向かう部隊を見つめていた。
ユーフェミアは日本人の虐殺を認めた。
あの虐殺を憎み、ユーフェミアを憎むものは多い。
その人物をどう扱っても非難されることはなく、反対に捕縛することを人々は褒め称えるだろう。
ジノがユーフェミアを守るため動き、ジェレミアもKMFを出撃させたが、この2騎なら2部隊でかかれば問題ない。
これで勝てる。
醜い微笑を浮かべたカグヤは、次の瞬間その表情をこわばらせた。

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